横浜地方裁判所 昭和32年(ワ)498号 判決 1959年6月18日
横須賀市鷹取町二丁目六四番地
原告
浅野巧
右訴訟代理人弁護士
山田重行
神奈川県高座郡座間町座間三、二〇三番地
被告
稲垣貢
右訴訟代理人弁護士
吉井元市
右当事者間の昭和三二年(ワ)第四九八号抵当権不存在確認等請求事件につき当裁判所は次のとおり判決する。
主文
昭和二九年一〇月一九日横浜地方法務局所属公証人讃井健作成昭和二九年第五、三六八号債務弁済契約公正証書に基く、債権者被告、債務者中津川砂利株式会社、債権元金五〇万円、弁済期昭和二九年一一月三〇日、利息年一割、損害金一〇〇円につき日歩九銭八厘の約定による債権につき設定者を原告とする別紙物件目録記載の建物についての抵当権は存在しないことを確認する。
被告は原告に対し右建物につき横浜地方法務局横須賀支局昭和二九年一一月二六日受付第一一、一一三号によりなされた前項の抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、別紙物件目録記載の建物は原告の所有であるところ、右建物につき横浜地方法務局横須賀支局昭和二九年一一月二六日受付第一一、一一三号をもつて債権者被告、債務者訴外中津川砂利株式会社、債権額五〇万円、利息年一割弁済期同年一一月三〇日、期限後の損害金日歩九銭八厘等と定めた横浜地方法務局所属公証人讃井健作成の同年第五、三六八号債務弁済契約公正証書に基き、右債務のため設定者を原告とする抵当権設定登記がなされたが右公正証書による債務弁済契約及び抵当権設定契約は、訴外大野辰蔵を被告の代理人、訴外浅野ヤサを前記会社及び原告の代理人としてなされたものであり、これよりさき、原告が訴外中山某に対し金三〇万円の債務を担保するため本件建物に設定した第一順位の抵当権の実行を防止する方法として架空の債権についての第二順位の抵当権の設定を仮装するため通謀してなされた無効のものである。従つてこれに基くものとしてなされた前記抵当権設定登記もその原因を欠くものであるから、右抵当権の不存在確認を求めると共に所有権に基き抵当権設定登記の抹消を求めるため本訴に及ぶと陳述し、(立証略)
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、
原告主張事実中本件建物が原告の所有であること、右建物につき原告主張の債務弁済契約公正証書に基き設定者を原告とする主文第二項記載の抵当権設定登記がなされたことは認めるが右建物につき訴外中山某のため順位一番の抵当権の設定があることは不知、その余の事実は否認する。
被告は昭和二九年八・九月頃その妻の父である訴外大野辰蔵を通じ原告がその代表取締役をしている訴外会社に対し経営資金五〇万円を貸与するに際し、右訴外大野を代理人とし、右訴外会社及び原告の代理人である原告の妻訴外浅野ヤサとの間に原告主張の債務弁済抵当権の設定等に関する公正証書が作成されこれに基き原告主張の建物にその主張のような抵当権設定登記がなされたものである。従つて被告の五〇万円の債権及び抵当権は架空のものではなく、これに基く抵当権設定登記も有効なものであつて抹消すべき理由はないと述べ、(立証略)
理由
別紙物件目録記載の建物が原告の所有であつて、右建物につき昭和二九年一一月二六日、債権者被告、債務者訴外中津川砂利株式会社、債権額五〇万円、利息年一割、弁済期同年一一月三〇日、期限後の損害金日歩九銭八厘等と定めた同年一〇月一九日横浜地方法務局所属公証人讃井健作成の同年第五、三六八号債務弁済契約公正証書に基き右債務のための、設定者を原告とする抵当権設定登記がなされたことは当事者間に争がない。
そして成立に争のない乙第一号証の一と証人浅野ヤサ、三井清一、中村安太郎の各証言を綜合すれば、原告が訴外中山某に対し金三〇万円の債権のため本件建物に第一順位の抵当権を設定していたが、その弁済がないため同訴外人から右抵当権の実行の予告をうけた原告の妻浅野ヤサにおいて原告不在中のためその善後策に窮し、かつては原告と共同して事業を経営し、その後原告経営の事業に対する金融をしている関係上右訴外会社に出入していた訴外大野辰蔵に相談した結果、同人の意見に基き右建物に対し架空の債権についての第二順位の抵当権を設定し、右中山某による第一順位の抵当権の実行に先立ち右第二順位の抵当権の実行を仮装することによつて一時中山某の抵当権実行による競売を延期ないし阻止する方法をとることとし、右大野辰蔵の指示に基き右の趣旨において昭和二九年一〇月一九日架空の債権五〇万円につき債権者を大野辰蔵の女婿である被告、債務者を前記訴外会社連帯保証人浅野巧同ヤサとし、債権者の代理人を大野辰蔵、債務者会社及び連帯保証人浅野巧の代理人を浅野ヤサと表示し、弁済期、利息損害金等を前記のように定めた外右債務担保のため原告において第二順位の抵当権を設定する旨定めた乙第一号証の一の債務弁済契約公正証書が作成され、これに基き前記抵当権設定登記がなされたことを認めるに十分であつて、右認定に反する証人大野辰蔵の証言は信用し難く他に右認定に反する証拠はない。
そうすると、右債務弁済契約公正証書による債権及び抵当権はいずれも前記大野辰蔵と浅野ヤサとの通謀に出でた虚偽仮装のものというべきであるから無効であつて、本件建物についての右抵当権の不存在確認を求める原告の請求は相当である。そして前記のように、右の抵当権につき抵当権者として登記されている被告は、右建物所有者である原告に対し右抵当権設定登記の抹消義務あるものというべきである。(抵当権実行による競売を妨げるための仮装行為は刑法第九六条の二には該当せず、右抵当権設定登記の抹消義務を認めることは民法第七〇八条の趣旨に反するものではないと認める。)
よつて原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の如く判決する。
横浜地方裁判所第一民事部
裁判長裁判官 大場茂行
裁判官 高井清次
裁判官 惣脇春雄